Twitter投稿の再編集版です
先送りしてきた問題を放置し
今、目に見えるものを個々に云々自分の立場で言ってる
偉いに人に振り回されすぎなんです

本質は下記の2行だぞw 「なんだかの」なんですがねぇそこを無視してるから本文の背景と考察になる

==本質==
1軒の家が1万円出し集落全体で30万集め祭りをした
なんだかの事情で世帯数が減り20万しか集まらなくなった

==結果==

結果祭りの費用が足りない

==背景と考察==超長いので続き Twitterよりながいw


お祭りの費用基準では 10万不足
1軒の収支は変わっていない お祭りを維持する為に
1・自分たちと同じ程度の生活力の人を招こう これ町おこし
2・10万足りないならカンパが10万集まる程度人を入れればいいじゃないか これが移民

1のケースは、元々同様の経済力を持った人が来る 要は受け皿さえあれば社会を構成する個々の資金力は変わらない 社会全体の負担が少ないわけね(所詮国民の移動)
引き抜かれた昔すんでた町は (´・ω・`)だが 逆に言えば人材の引き抜き合戦が起きると思うしかない まぁ住むとこを選ぶ側にはメリット大きい
基本は近接する地域の競争だしねぇ

問題はケース2だね
祭りの資金が10万足りない 一人頭千円払えるのを大量に入れればいいじゃない という発想 これ色々弊害があるんだわ
まず移動してくるものは 資金力が基本無いね 投資移民ならともかく労働移民

お祭り資金も満足に払えない人が町内会費払えるかな(´・ω・`)
この町内会費が社会費用負担だね
更にケース1の場合 ある程度の運転資金があるが 
ケース2の場合 初動運転資金がない 
運転資金がないラーメン屋開店させるのと 
資金があるラーメン屋どっちが地域になじむと思う?

腕のある親父で誰でもうなるラーメン出せればいい(個人の資質)が
味噌しか出せない親父がとんこつしか受け入れないエリアに出店
これ成功するかい?親父がとんこつ修行する間誰が支えるんだい
親父が味噌しか売る気ない場合 差別だと騒ぐぞ 
移民問題がこじれます コロニー化の火種になるわけね

これが 地域制になじむ というリスクの問題だね

では 親父ではなく店員として勤めるとなると?
地域的になじんでいない労働者がつける職は少ない
要は 言葉が喋れる(同一価値観のある)店員A 話せないB どっち雇うかねぇ 普通話せる子だね

差別論や地域振興に努めろとAB同じ金額で雇う うん これはありうる
ところがこれも問題
雇う側は 誰かに商売することで事業をしてるわけだ
事業には 相手に質を保証しないといけない 保証できない場合単価を納得するだけ下げなくてはいけない

700円で居心地がよくて繁盛してた店が
700円で味は変わらないが居心地が悪くなり 居心地重視の客が逃げた
この場合 味をあげるか集客の為に単価競争となる
味の開発=技術開発には当然期間も金もかかる
耐えれる店は出来るがない店はつぶれる

700円で売れない以上価格を下げるしかない 仕入れを(経費ね)下げるには限界がある
一番簡単なのは人件費の削減だね 従業員単価を下げるかブラック化さ

ここからが問題だね Bは金がないから時給が下がっても働くだろう
Aはどうする? 働かなくても労働市場は困らない
仕事は従来通りなのに 安く労働するしかない 能力があればパン屋にでもいくだろうが 悲しいかなスープ作る事しかできない(´・ω・`)
養ってもらう側になるか安く働けとなる

Aは 能力がない不器用だからというだけだぞ?
祭りを従来通り維持したいってやつの思いがAの未来を底辺に固定するわけね
で祭りって30万かけてする意味あるのかい?
個々の資金能力は変わっていないのに 個々の賃金下げてまでね

都会ならラーメン屋ではなく歯車作りとか全くの異業種はあるが
田舎には産業がない これにより地域格差が拡大するなり固定化が進む

これも当たり前だ なにしろ受け入れるAは「労働力」なので「チャンスがあるところへ流れる」
鈴木村に受け入れる予定で入れたはずの人が
隣の田中町に移動するわけね 最悪の場合新幹線で出て行っちゃう都会へ

鈴木村が豊かなら居住性をアピールできる町おこしをする可能性はあるが
鈴木村は貧しいから安いA達を受け入れる覚悟した そして出資したわけね
結果 人はいないが村の活力は下がる
都会には勝てません

さてAは、何か悪いことをしたのかい?
Aは 能力がない不器用だからというだけだぞ?
A以外の村民は?村を豊かにしたいと思った結果底辺村に固定化される

祭りを従来通り維持したいってやつの思いが村全体の未来を底辺に固定するわけね
で祭りって30万かけてする意味あるのかい?
個々の資金能力は変わっていないのに 個々の賃金下げてまでね

確かに川向いの城塞都市の祭りは派手 うちは規模が縮小して云々というのはあるだろうが
祭りを維持する為に社会を犠牲にするリスクがあるか(ケース鈴木村)
そのリスクを避けながら身内でと考えるか(現状維持ないし国内市場相手の改革競争での生き残り)
リスクを避けながら身内では限界なので緩やかに改革するか(入ってくる人を厳選するふるい分けを行う等)
その辺あたりを考える必要あるな

難しく考えるから頭が回らない 理解できる範囲に例えれば簡単にわかるわけ
おりこうさんの弁舌を聞いて鵜呑みにあーだ こーだ言ってるように見えるね

急激な改革派には一部
でっかい祭りしてる中国 さんと 競うため(国際競争力)と言う考えと
ノスタルジーで 縮小は情けない(昔はバブルはよかった等) が 混じってる

安い人件費で大きくなった祭りと競うには
こっちも安くするするしかないわけ きれいごとを言ってもね

ノスタルジーでウンウン言うやつには
「人口減ってる現状と感情論どっちが大事」と再認識させるしかない

700円を650円で売る決意したラーメン店主を愚かとは言えない
ラーメン650円というのは すべての価格の基準が下がったということだ
個々人の財布が貧しくなり 商品開発できる資金力があるものや知恵のあるものは益々豊かになる 貧富の固定化が進むってこと

30万の祭りを維持する為に
祭りが持った楽しさを放棄し 貧富の固定化をする意味あるのかい??

とある意味投資移民に近い私が言ってみる
まぁ信用はないがw


と 最初の「なんだかの事情」を無視して考えてみた(´・ω・`)