ちょっと面白いツイあったんで そこからのお話です

 スドー‏ @stdaux
なぜか日本スゲー論の俎上にはあまり乗らないけど、「母国語で世界中の古典名著が読める、しかも学生が1・2時間のバイト代で買える」というのは日本の出版文化の本当に凄いところだと思いますよ

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 西村幸祐‏ @kohyu1952
その通りだが厳密には残念ながら僕も含めた今を生きる日本人のお蔭ではないのです。こんな文化的な環境は江戸時代から大東亜戦争敗戦までの日本人の知の蓄積という文化的背景があって初めて可能だった。江戸時代からの出版文化、識字率の高さ、明治以降の夥しい優れた翻訳書と出版文化、教育の成果・・

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面白い!!翻訳文化論 同時期に翻訳文化はあったのだが
確かに何でも翻訳するのは日本文化です
ヨーロッパの場合 オペラ界の評価を得たいならイタリア語で書け
医学評価が欲しいならドイツ語で書け
一般教養(文学)は英語
古典音楽はウィーンで語れ

という具合にそれぞれの文化の中心地の言語にあえてすべてを訳し母国語で書かなかった
逆にその言語以外で書かないことが権威あるものの務めだったんですよね

これらの言語以外で書かれた文化が大衆文化として一段低い芸事扱いでした
まぁこれは無駄知識の小ネタ程度ですが^^;
用が芸事は、知識層が異国語で書くことで知識の独占をしてたんですよね

===日本に戻します===
多分ですが日本は、知識の欲求が探求心にかつては向ってた
これが芸だったと思うんですよね
あるものは武芸に あるものは、伝統芸能や茶道のような趣味に
それぞれの文化のコアが識字率をベースに文芸をその時代に発展させた

交通の困難であった昔は、遠いものを珍重し
唐物や上方とか蘭学とかそれぞれの物を珍重しそれを必死で芸事として学んだ

文明開化 富国論で政策上ではあるが 日本的何でも翻訳を進めたがそこには
とにかく芸事に興味がある日本人の特性で
各々の文化人が誰よりも多くの知識を得るために訳したのもあるが
西洋的な母国語ではなく相手異国語で書くことで自分に箔をつける事をしなかった ってのもある
結局は、異国語の知識と日本語で検討された知識が 両立し各々の分野で 芸として極められた

その根底は
明治期に行われた 書き言葉と話し言葉の統一 と言う
文化大革命が知識層の独占と言う無駄な権威論を完全に排除することになった
知識の大衆化運動と言っていい
これが文明開化の本質じゃないかな

戦後は 知識による大衆化の流れが
アメリカ統治や敗戦による 機械化量産化と言う芸の探求が大衆分野で広まる
一方かつて趣味道に走ってた層は、各々の興味がある専門分野を 文字通り芸道として
探求してた これが昭和文化

==時は流れ高度情報化やバブルを経過した結果==
所謂専門分野の探求が方向性が変わった 風向きも変わった
かつて芸として志向してた層は オタク層として隔離された
文字通りのオタク文化や化学などの専門分野ですら科学オタクと異世界を歩む遠い世界に人扱い
伝統分野も身近な芸事から 権威に隔離され
折角大衆化された各々の分野も新分野も 遠い世界になった

文化の均一化と言う 過去から多分バブルまでの流れが
好奇心が向いたところだけ切り取る 情報化と言うグローバル万歳論 IT論で
今の時代 基本的に探究心が軽く評価される時代

西村先生曰くの「厳密には残念ながら僕も含めた今を生きる日本人のお蔭ではないのです」
と言う流れになった

的な事をちょうどツイされたんで個人的には 物凄く納得がいってしまった^^;
丁度先日なぜ日本経済が停滞してるのかと知人(日本への投資消極論いう人)から聞かれたんで

日本人の芸事が バブル期にバブル崩壊により否定され
芸事感覚が迷走
かつては 通とか意気とか言われてた言われてた分野が 変質者枠になった結果
社会を牽引してた探求心が 分散希薄方向違いの迷走でパワーを失ったところに
ゆとり論や勘違い平等論で完全に牙を失った
そして今になり その愚かさに気が付いたわけだが・・・
汚染された文化は 修正をかけても頭が古い中高年が引退し今の世代も駆逐された後の
3代程度過ぎたころの無意識が常識になる世代が増えるまで多分方向修正は不能
(明治昭和中期の資産を今の世代が完全につい潰したわけで逆に言えば100年以上かけたものを壊したので100年単位で教育改革をしないと無理)
バブル崩壊から昨今まで20年で完全に打ち壊した探求心好奇心の迷走を
再構築なり修正する部分を気が付くかが日本投資を考える時のカギとなると思う
壊れたから無味と取るか 壊れて再構築始めたところなので逆にチャンスと取るか
目利きとしての君しだいだと
と言う内容を送ったところだったんですねぇ^^;

知的好奇心が迷走した結果 これまで目を向けなかった政治情勢にやっと目が行った
丁度いい宣伝文句「日本を取り戻す」に触発されたのだろう
この国危ないかも?とやっと政治に興味を向け軌道修正を訴える者が出てきた
経済界も日本に投資する意味を考え出した
日本でしかできない物を的な発想が20年ぶりにわずかだが湧いてきた
経済や化学への探求を言い出す者が逆に個性として新世代が生まれだした
この新世代を以下の育てるかがカギ
逆にその新世代を潰すことで目の前の金にする馬鹿もいる
その見極めが出来るかが 100年単位でに日本の在り方が決まる
今は重要なときかもねぇ

なんてことを 二人のツイで思ったわけ 
まぁあくまでもぼんやりとですが^^;